1. 難病情報誌 アンビシャス 176号

難病情報誌 アンビシャス 176号

最終更新日:2017年01月01日

表紙は語る

「私がいて、希望を持ち続けること」
生きることの大切さと意味について

太田 守光(おおた もりみつ)さん
パーキンソン病

新年あけましておめでとうございます。光陰、矢の如く、一年があっという間に過ぎていきました。
去年の今頃は、進行していく病気に加え生活上の様々な問題を抱えて不安な気持ちで乗り出した一年間でしたが、何とかピア(同じ病気を持つ仲間)や友人・家族・職場の同僚たちに支えられてここまでたどり着いたという感じです。
私はパーキンソン病で手が震えたり、足が前に出にくかったり体をゆすって止まらなかったり表情も出せなくて初対面の人の場合、怒っているか変な人と思われて困ってしまいます。難病を持ちながら生きていくことは大変だなぁとつくづく思います。

今回、投稿のお話があった時、自分のことを書くということは自己内省しなければならないとお断りしようとしたのですが、やはり同じ疾患を持つ人間がどこかで悩み、葛藤しているのであれば、この記事が心を軽くする一助となるのならという気持ちから引き受けることにしました。
引き受けたのは良いが・・・自分のことほど書きにくいことはない。良いことばかりを書くと「うさんくさい」と思われるのではないか?気弱なことを書くと「頼りにならん」と学生にまでも言われそうである。

イカン「肩の力を抜いて、普段の自分を書けばよい…普段の自分?とは何ぞや?客観的に言うとパンツ一丁で過ごし、用がなければ家から出ることのない、冴えない引きこもりジジイ。しかし主観的(わたくし的)には少し剥げてはいるものの、イケメンと呼ばれるものの範疇に入ると思っている。そんな私がパーキンソン病になってどんなことに悩んだか生活上で気を付けたこと、あと精神的な問題、職業・社会的な問題について、今まで感じたことを書いていきたいと考えています。皆様の参考になれれば幸いです。

パーキンソン病の症状が出る前の私

私は31歳で看護師の資格を取り、やりがいを持って仕事に励んでいました。
休みの日にはバイクの修理をしたり運動をして体を鍛えたり充実して過ごしていました。
最初に体調の変化に気付いたのは今から16年前、2001年の夏ごろでした。39歳の私は毎日往復30Kmの道のりを自転車通勤していました。
ある日自分の体が右側に傾いて運転しているのに気がつきました。
よく見ると右手と右足に力が入らず左足のみで自転車をこいでいることに気がつきました。他にも、指の力が入りすぎて字が書きづらくなったり、歩行も右足をひっかけたりすることがありましたが、あまり気にせず「疲れたのかな。」くらいにしか考えませんでした。この頃、40歳で大学院へ入学したものの会話の時、反応が遅く、返事がワンテンポ遅れたりするなど話題についていきづらいことがありました。「年かな?」これが私のパーキンソン病の始まりでした。

疾患名がつかない不安

2002年4月以降、常にパーキンソン病の文字が頭から離れずA病院へ受診しました。しかし、「神経炎かストレスでしょう」と言われ、2、3か月後、症状が改善しないので再度、受診するが「その若さでパーキンソン病になるわけがない」と言われたり「症状からすると小脳失調症?かウィルソン病…」『先生それって、いずれにしても難病ではないですか?』すると「ううん」と首をかしげ、経過観察することになりました。
半年もするとビッコを引くようになり、字を書くときも左手を添えて右手を動かしてやらなければならない状態にまでなっていました。
「右手がだめなら、左手でやればいい」と気楽に考えていました。それは甘い考えであったことをすぐに思い知らされました。この動きの鈍さそして指の振戦・関節の硬さはやっぱりパーキンソン?さすがに不安は高まり恐怖となり、3~4件の病院に通いました。しかし、診断名はつきませんでした。「いったい、自分の体の中で何が起こっているのか検討もつかない」不安でいっぱいでした。
それから4年後の2006年、沖縄県立南部医療センターを紹介され、そこで現在も主治医である神里 尚美先生によって私を苦しめていた症状は「やはり、パーキンソン病ですね」と診断がつき、なぜかほっとした気持ちになったのを覚えています。その後いろいろとありましたが、内服薬の治療によって症状コントロールができるようになりました。
パーキンソン病は内服調整が非常に重要です。10年以上経過した今でも症状の進行が遅いのは『診察時に患者の近況や新薬を使用した場合の説明を丁寧にされ、患者も納得して治療に参加する』という主治医の※アドヒアランスに対する意識の高さのお蔭だと感じています。

病気を持ちながら仕事を続けるということ

私が、那覇看護専門学校で精神看護学を専門に教鞭をとり、そして教員としての仕事を続けていけるのは職場の同僚の協力があってこそだと感謝しています。そして学生の笑顔にどれだけ救われたことでしょう。
しかし疲労感が強くなり、コミュニケーションの面でも、緊張と無表情に加え声も出にくい事も重なり、うまく伝わらない部分がありました。2015年後半からは「もうそろそろ限界か?」と思うようになってきました。

翌年、2016年6月には、授業の緊張をほぐすために医師の指示は一日6錠の薬を10錠も飲んで授業にのぞむこともありました。疲れがピークになり、ついに授業中に教壇を踏み外してしまいました。「教員をやめるべき時がきたな」ふと頭をよぎりました。
ところが校長の垣花美智江先生は面談で「今は体を良い状態にするのがあなたの仕事、その後で良い授業を沢山やってもらいます」と温かい言葉を頂き12月まで休職となりました。自分の身体と何ができるか自分を振り返る良い機会と捉え「自分らしく、自分にしかできないことを学生に伝えたい」と思うようになりました。

どんな状況でも「希望」をすてない

この病気になって気になる言葉に「今を生きる」ということばがあります。
過去や未来の亊を案じて不安になったり、くよくよしたりしても過去を変えることもできないし、未来を憂いても知ることすらできない、落ち込むよりも今を一生懸命生きることが大切ということです。それは、いつ病状が進行するかもしれないと不安で仕方のない私たち難病患者へのエールのように聞こえるのです。今のこの瞬間の出会いや時間を大切にしたいと思います。

そして「希望」私の人生においても重要な意味を持ち、病の中にあっても希望を忘れずに生きていこうと考えます。希望には、ひかりという意味も含まれていて私たちを希望のひかりへと導いてくれると信じています。
また最近のニュースによると山中教授が今年度中にもIPS細胞を用いたパーキンソン病の臨床応用に着手したいとの話もあり、わたしたちにとって今年は大いなる希望の年になることでしょう。

※アドヒアランス
患者が医者から薬の副作用や効果について十分に説明を受けたうえで、積極的に治療に関わり、自分で責任をもって服薬する態度のこと

語者プロフィール

太田 守光(おおた もりみつ)
1959年沖縄市生まれ
現在南城市在。琉球大学大学院保健管理学研究科修了。
オリブ山病院看護師を経て那覇看護専門学校の教職として勤務。
患者の立場から看護職についての授業を心がける。

  • 那覇看護専門学校での授業風景

11月の報告あれこれ

第1回 循環器系セカンドオピニオン

今年度より膠原病、クローン病・潰瘍性大腸炎のセカンドオピニオンに加え、新たに「循環器系疾患」のセカンドオピニオンを琉大附属病院 循環器専門医グループのご協力を頂き、実施する事になりました。
循環器系疾患は拡張型心筋症や肥大型心筋症の他、血管系疾患、アミロイドーシス、サルコイドーシスに伴う心疾患等、多岐にわたる為、該当疾患に応じ循環器専門グループの中よりそれぞれにご専門の先生方に相談が受けられるようにしました。
その記念すべき第1回セカンドオピニオンを11月5日(土)、13日(日)の2回に分け実施。現在服用中の薬の必要性や食事制限などの治療、病態や新薬、移植の有効性、医師とのコミュニケーションの取り方などの相談がありました。
相談者からは「通常の診察では時間が無く細かい事まで主治医に聞けないので、この機会に丁寧に教えてもらい、糸がほどけた様にスッキリしました」「納得がいき頭の整理がつきました」などの感想がありました。

  • 11/5 琉大附属病院第三内科 當間 裕一郎先生

  • 11/13 琉大附属病院第三内科 新里 朋子先生

ライソゾーム病 医療講演会

11月6日(日)沖縄で初めて「全国ファブリー病患者家族の会」(通称:ふくろうの会)主催のセミナーが豊見城中央病院を会場に開催されました。
当日は琉球大学医学部の古波蔵健太郎先生を座長に迎え、ライソゾーム病のご専門である東京慈恵会医科大学名誉教授の衞藤義勝先生による基調講演の後、豊見城中央病院の新崎修先生、井関邦敏先生、琉球大学腎内科の宮城剛志先生によるご講演、更に琉球大学大学院医学研究科の知念安紹先生の司会により、患者・家族も交えた全体討論会等も行われ大変内容の濃いセミナーでした。

ライソゾーム病群はファブリー病をはじめ、本誌138号「表紙は語る」で取り上げたニーマンピック病C型やゴーシェ病、ポンぺ病、ムコ多糖症など多岐にわたります。
それぞれの疾患の患者数が極めて少ないこともあり、県内ではほとんど医療講演が無く、当事者や家族のみな様にとっては貴重な機会になったと思います。
アンビシャスからも「難病相談支援センターとしてのアンビシャスの役割」と題し、私共の活動内容をご説明させていただきました。
これを機に「ふくろうの会」との連携を更に深め、当該疾患のみな様が安心してご相談を頂けるよう努めて参ります。

こころの現場から

「自分の幸福も、他人の幸福も願いたい」

鎌田依里

臨床心理士 鎌田 依里(かまだ えり)

人はいつから、他人を疑ったり信じられなくなったり、相手の不幸を密かに望んだりするのでしょうか。
そして人はいつから、自分の気に入らない人に対しては敢えて冷たい態度をとったり論ったりするのでしょうか。
幼少時には、人が悲しんでいたり心底がっかりしていたり傷ついていたりすると、自然と「元気を出して!」「笑って!」と子どもなりに相手の悲哀に素直に共感し、励ます行動が見られます。そして自分が理不尽に扱われると「自分が悪いことをしたのではないか」と自分を責めるのです。

日本は他国と比して(震災等の言動から)モラルがよいと言われておりますが、小さなところでモラルは崩れている印象を受けます。自分の子どもが年下の子どもを理由もなく蹴っても何の対処もしない親、落とし物を拾うと『儲けた』と自分の物にしてしまう人、障がい者の地位向上は法的には認められましたが実際の現場で依然残っている根強い区別、相手の立場や心情に共感をできない人、「障がい者だけが優遇されている」と感じる人は実際に増えている等、例を挙げると悲しくなってきます。

一方で、お互いに研鑽し高め合い支え合い、あたたかな人間関係を他人同士でも築くことができる人も実際にたくさんいます。
新しい年になった今、自分が大変でも相手の置かれた状況に配慮をできるゆとりと、ほんとうの意味でのおもいやりをもって皆が生活できることを切に願います。障がいやハンディや様々な苦労を抱えていることは実際大変ですが、相手の辛苦も思いやることができ、自分がそれを克服した経験をアドバイスすることもできる素地があるということなのですから、弱い立場の方の力になると思います。

つぶやきチャンプルー

「新しい年を迎えて思う事」

照喜名通

著:照喜名通

2017年、新しい年が始まりました。新年の節目を無事に迎えることができ、「明けましておめでとう」ということを改めて考えてみます。

私の場合、正月に限らず、生きていく節目、節目で「めでたく、喜びと感謝」の思いを強くします。誕生日にも無事に誕生日を迎えられたことに「おめでとう」「ありがとう」と、喜びと感謝を感じることができます。
ある人には残念なことかもしれませんが、私にとっては幸い難病のクローン病を患ったことで、日々の些細な出来事でもありがたく感じることが出来るようになりました。
また、お陰様で色々な難病の方の相談を聞かせてもらう仕事をしている時にも、目が不自由になる病気、手足が不自由になる病気など、一言では表現できない程の症状や困りごとを聞いていると、なんと自分は恵まれているのだろうと感じることもあります。悲しいことにお亡くなりになる方もいらっしゃいます。その方をもっと支えることが出来たのではないかと、挫折感を感じることもあります。
また、その方々が私に「今、貴方は生きている」と言っているようにも感じます。
つい、忘れてしまいがちな時に、今、生きていることを感じることが出来るのは、節目でもあるし、日々、些細な出来事でも感じることが出来る今の自分は素敵な人生だと改めて感じるのでした。

シリーズ 「患者学」第21回

慶応義塾大学看護医療学部 教授 加藤 眞三著

第4ステップ 協働作業

患者と医療者が対等の関係でお互いに意見を述べあい、その患者に最適な医療をみつけ合意の下にすすめていくコンコーダンスの医療をめざす。このような医療が実現するためには、医療者側と患者側が共通の目標をもつこと、そして、お互いが上下の関係ではなく、対等の立場で情報を交換できるという環境づくりも必要となる。

まだまだ、このような医療が実現できているとはいえないが、それをめざしてお互いが成長し、歩み寄ることが必要だろう。前号で紹介したように、日本高血圧学会がガイドラインにおいてコンコーダンスの概念を紹介しており、医療者の教育にこの概念は採り入れられていくことだろう。従って、時間はかかっても、医療者はその教育を受けたものが増加し、徐々にそれが大勢を占めることになるだろうとわたしは楽観的に考えている。

一方で、患者側もこのような概念を理解し、身につけることが求められる。それは、高校や大学などの教育の中で周知されていくことが望ましいが、まだまだそのような教育がなされている例はない。マスコミも、新奇性のあるニュースは採りあげても、このような大人である市民に対する教育として、医療の協働作業を採りあげることは少ない。医療リテラシー教育を含めて、これらの健康に関する市民の教育をどのようにして行っていくのかが今後の課題ではないかと考える。

実は、そのことは医療だけの問題ではなく、自律する市民を社会がどのように育てるかという問題でもある。
そしてそれは明治維新以来、福澤諭吉先生が教育しようとめざした独立自尊の市民像でもある。

第5ステップ 育てる・教育する

患者の中には、医療者を積極的に変えよう、育てよう、教育しようと頑張っている人もいる。患者が医療者を教育するなんてと考える人が多いかも知れないが、医療が変わっていくためには、このような患者も不可欠と考えている。

医療は人類のもつ共有財産であり、その医療をよくしようとするためには、患者や市民も医療者の教育に参加した方がよい。
このような患者による医療者に対する教育の例は、わたしの身近で知る限りは、やはり教育にたずさわってきた人、例えば大学教授、などに多い。第29話で紹介した山口仲美さんもその一人である。拙著「患者の力」で紹介した重藤啓子さんもその一人だ。医療者との接し方にも、教育者としての発想がある。

山口さんは、患者に厳しく接する看護師にスパルタというあだ名をつけながら、他の看護師には観音1号、2号などと呼ぶことにより、本人の自覚を促そうとした。しかし、この山口さんでも、膵臓の手術をした外科医の態度を変えることは困難と、術後の化学療法を受ける医師を変えることにした。どの医療者でも変えられる訳ではないが、このような医師は徐々に減っていくだろうと考えられる。

山口さんも重藤さんも大学で教育にあたっていた人達であるが、わたしはこのような教育機関に勤務する人でなくても、医療者を教育できる人はいるものと感じている。それは一般の企業に勤務する人も、グループを率いていく人が社員教育などにコーチングの手法を学んでいるからである。

このような医療者を教育する患者にとって必要なのは、医療とはどういうものか、医療の中における患者と医療者の関係性はどうあるべきかなどの知識はでると考える。山口さんも拙著「患者の生き方」を読んだことが、医療者と接する時に参考なったという。したがって、一般市民への患者学の普及が必要とされている。

患者・市民と協働する医療の創造

わたしは、協働する医療がこれからの時代の医療になるだろうと信じている。そして、協働する医療への移行の準備が、医学教育の中にも採り入れられつつある。今後、患者や市民の側に、「患者学」の知識や概念が広まれば、新しい医療への変化も早まるのではないかと考えており、患者の側へ「患者学」を普及させたい。

参考図書

  • 山口仲美「大学教授がガンになってわかったこと」 幻冬舎新書2014年
  • 加藤眞三「患者の力」 春秋社 2014年
  • 加藤眞三「患者の生き方」 春秋社 2004年

東洋経済オンラインに加藤先生による「市民のための患者学」2週間ごとの連載スタート!
http://toyokeizai.net/articles/-/143366

慶応義塾大学看護医療学部
教授 加藤 眞三
1980年、慶應義塾大学医学部卒業。1985年、同大学大学院医学研究科修了、医学博士。
1985~88年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。
その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性病態学、終末期病態学担当)。

患者の力: 患者学で見つけた医療の新しい姿
出版社: 春秋社

「患者には力がある!」 毎日を健康に生きるために、そのためにも、真の患者中心の医療を実現するために、いま必要なこととは。

アンビシャス広場

~エッセイ~ 「鉄の旅行記(平成26年6月四国渦潮観光旅行1日目)」 西兼盛 鉄さん(ALS)

僕が「渦潮が見たい」と弟に言った。その時はもう車椅子だ。姪っ子がインターネットで調べ、スケジュールを組んで家族7人で行く、四国渦潮観光旅行。

父、母、僕と家内、弟夫婦、妹、11時10分那覇空港から車椅子で飛行機内へ、スチュワーデスが途中、僕を機内専用車椅子に乗り換えて座席へ案内「優しいね、有り難う」そして神戸空港へ。
11人乗りのレンタカーを借りドライバーは弟と妹、渦潮へ向けて「さぁ出発だ。」

明石海峡大橋を渡り淡路サービスエリアにて、軽めにランチタイムをとり、淡路サービスエリアを出発し、1時間30分後、鳴門観光汽船へ到着。
車椅子に乗り、ワンダーナルト丸へ乗船、渦潮が凄い迫力で渦を巻いている。渦潮の大きさも半端じゃない「ビックリポンヤー」それからホテルへ向けて出発だ。

が、車椅子専用車じゃ無い為、車の乗り降りが大変きつい、ホテル到着だ。弟は3時間連続運転疲れたはず、お疲れさん。ホテル宴会場で夕食は、鍋しゃぶしゃぶ会席、美味しかった。

難病川柳・難病短歌

難病がある方や家族の方、サポートする方々で日常感じている悲しみ、辛さ、笑い、皮肉や優しさなどを短歌・川柳にしてご応募ください。
採用の方には寄稿料として千円相当のクオカードを進呈します。詳しい応募要項は10頁をご覧ください。

難病川柳
電話ごっこ 声無き口に 受話器か
作:寝たきり婆さん(ALS)

モシモシしてと孫が声を失った口にラップの芯を充てて来た時、どうしようもない事にどうしようと一瞬大いに焦ってしまった。何で受話器なんだ。

難病短歌
ねえ私 薬のんだか 忘れいる 夫に問いかく 朝のひととき
作:ワーソーソーさん(網膜色素変性症)

貴方がいないとダメな私、これから先も頼りにしています。

お勧め映画情報

「名犬ジョリィ」の原作を実写映画化したフランス作品。

「ベル&セバスチャン」 2013年作
「ベル&セバスチャン新たな旅立ち」 2015年作
戦時中のアルプスの山で、少年と野犬の絆と周囲の大人達の関わりとユダヤ人一家を救うため、ナチスに立ち向かう人たち。
原作を知らない私でも、見やすく心温まる作品です。

★渡久地 優子{進行性骨化性線維異形成症(FOP)}★
・・・カラーセラピーやパワーストーンも好きで、時々、ネットで見てます。

今月の占い

  • 牡羊座 3/21-4/19
    疲れたら休息を心がけて
    ☆ストレス解消法:仮眠
  • 牡牛座 4/20-5/20
    気分転換で色々な発見を
    ☆ストレス解消法:散歩
  • 双子座 5/21-6/21
    疲れた心を洗い流して
    ☆ストレス解消法:音楽
  • 蟹座 6/22-7/22
    気づきは、いつでも有る
    ☆ストレス解消法:映画
  • 獅子座 7/23-8/22
    直感で感じたものを
    ☆ストレス解消法:買い物
  • 乙女座 8/23-9/22
    集中して出来る精神統一
    ☆ストレス解消法:料理
  • 天秤座 9/23-10/23
    感性も大事、自分らしく
    ☆ストレス解消法:塗り絵
  • 蠍座 10/24-11/21
    怒る事より楽しむ事を
    ☆ストレス解消法:会話
  • 射手座 11/22-12/21
    違った視点や価値観で発見
    ☆ストレス解消法:カメラ
  • 山羊座 12/22-1/19
    シンプルさは、心を軽くする
    ☆ストレス解消法:断捨離
  • 水瓶座 1/20-2/18
    溜め込むより気持ちの表現を
    ☆ストレス解消法:書く事
  • 魚座 2/19-3/20
    焦らずにマイペースで
    ☆ストレス解消法:運動

患者団体からのお便り

沖縄IBD(沖縄クローン病・潰瘍性大腸炎友の会)より
調理実習のご報告

沖縄IBD秋のイベント「調理実習」を11月20日に那覇市保健所調理室で行いました。
参加者は患者及び家族27名、栄養士さん5名、計32名の参加者で、今年は、潰瘍性大腸炎の患者さんの参加も多く調理台4台がいっぱいでした。

メニューは、ささみの具だくさんスープ、じゃがいもチヂミ、トリュフだんごで、すべてのメニューが美味しかったです。
その中で一番人気は、じゃがいもチヂミでした。

会食後には栄養士さんも一緒に懇談会を行い、初心者の患者さんから食材についての質問等が多く予定時間を少しオーバーして閉会しました。
ご指導いただいた栄養士の皆さんありがとうございました。
参加された皆さんお疲れ様でした。

編集後記

明けましておめでとうございます。 難病情報誌「アンビシャス」も2002年1月の創刊より足かけ15年、読者のみな様に支えられ今月で176号を数えるに至りました。創刊当初こそ毎月発行とはいきませんでしたが、その後ページ数、内容等を充実させ毎月発行、コピー機による手作り誌から本格的な印刷物へ、更に3年前より表紙のカラー化、12頁構成とみな様に必要とされる会報誌を心がけて参りました。

16年目を迎えるにあたり、これまで以上に難病のみな様に寄り添い、必要とされる情報誌を標榜して参ります。その為にも読者のみな様の忌憚のないご意見をお聞かせ願います。

さて今月の「表紙は語る」はパーキンソン病を患いながら、看護専門学校で教鞭をとる太田守光さんに語って頂きました。これから医療の現場に立つ若い人たちに、病を患うとはどういう事なのか、当事者の立場からの授業は得難く、貴重な体験になると思います。そして必ずや医療現場に立った時、患者に寄り添った医療者になる事でしょう。