1. 難病情報誌 アンビシャス 168号「表紙は語る」全文

難病情報誌 アンビシャス 168号「表紙は語る」全文

最終更新日:2016年05月01日

 

表紙は語る 全編版

ALS患者として、元医師として、
一日も早い神経幹細胞移植の開始を切望します
   ――粘るALS患者より

町井 康雄(まちい やすお)さん
筋萎縮性側索硬化症(ALS)

報道1:平成27年3月、慶応大学の研究チームがサルにおける動物実験で脊髄損傷の再生医療に成功したとテレビ報道された。これは、体細胞から作成されたIPS細胞から分化させた神経幹細胞の浮遊液を脊髄損傷部に注射したところ、再生現象が誘導され、損傷部脊髄が修復され、機能も回復したと言うもの。はうことも出来なかったサルが、治療後は器用に木登り動作をする動画も紹介された。安全確認の上、2年後の平成29年に臨床試験開始とのこと。

報道2:平成27年4月、つくばの研究チームがIPS細胞から分化した細胞の精製法を開発したとテレビ報道された。これは、分化刺激に反応せずに残ったIPS細胞を除去し、分化細胞のみにするもの。

以下は、冒頭の2報道に私の乏しい知識を加え、思い描いた随想です。科学的にはアバウトです。ALSの進行で私が文献を読めなくなって久しいです。この随想は、弱り行く表情筋で懸命にピエゾスイッチを動かし、意思伝達装置で文字に変換し、約1年を要して書き上げました。

脊髄損傷の再生医療の例から、背景に次のような原理の存在が推察されます。

「準備として、体細胞からIPS細胞を作成し、神経幹細胞を分化させる。自然には再生不可能な中枢神経組織の変性、萎縮病変部に神経幹細胞を移植すると、神経細胞が分化し、組織修復され、機能障害も改善する。対象となる脳、脊髄疾患例は下記。

1.外傷に起因する疾患
(例えば、椎骨骨折は脊髄損傷の原因となる。この分野の治療技術は将来、複数の人工心肺を用い、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器・消化器外科、整形外科合同の頭頚部・四肢付き胴体接合術(究極の臓器移植)にまで発展する可能性有り。)

2.出血、梗塞の血行再建後
(血管内カテーテル手術、穿頭術、開頭術、顕微鏡的血管手術等を要するので脳神経外科の担当。)

3.未解明の神経変性疾患であるが、健常者体細胞、IPS細胞経由の移植細胞には疾患感受性が無いと考えられる場合
(つまり非感染性。ALS(筋萎縮性側索硬化症)はこのグループに含まれる。)

4.感染症や腫瘍が治療により治癒後の後遺症

神経幹細胞移植による再生医療がALS患者を救い始めるためには、解決されるべき課題が三つ有ります。全て現代科学で手の届く範囲内です。また、ALSだけでなく多くの疾患の治療に応用できます。

課題1:高解像度のガイド装置の開発

ALS最大の病巣は脊髄の側索で、その両側、長さは脊髄の全長に及びます。側索にかつて無数に存在した運動神経細胞は、ALSの進行によりほぼ全滅します。側索に、ALS抵抗性の運動神経細胞を分化する神経幹細胞を移植すれば、脊髄レベルの根本的治療となるはずです。しかし、側索が脊髄表面に顔を出すのは脊髄側面で、到達は容易でありません。また、脊髄レベルの治療成功とは脊髄反射の復活です。脳内病変も重ければ、随意運動つまり自ら手足等を動かすことの復活は困難です。その場合は、比較的早期の実現が見込まれる脊髄治療をまず受けて、全身状態をある程度改善して、より難易度もリスクも高い脳内治療法の実現を待つこととなります。

脊髄は厚く丈夫な硬膜に包まれています。硬膜を大きく傷付けると、低髄圧症候群や感染症を起こすこと、および、ALS患者は大きな侵襲に耐えられないこと、さらに、中枢神経細胞が正常に機能するには立体的網目様構造が必要で、適切に位置した神経幹細胞から運動神経細胞への分化はやり直しが効かないことから、神経幹細胞移植の手段は、金属製注射針付注射器による細胞浮遊液注入に限られます。過量注入は周囲の脊髄組織を破壊してしまいます。また、硬膜下腔の髄液中に細胞浮遊液を漏らすと、髄液流路を目詰まりさせ、水頭症を起こします。それ以前に、感染に弱い中枢神経を守るため、術前の術野皮膚の消毒は厳重を極めます。このように術医は重い責任を負います。

脊髄硬膜周囲は、7個の頚椎、12個の胸椎、5個の腰椎の椎弓部で保護されています。皮膚から椎弓間を経て側索に至る経路は、腰部の馬尾神経部を除き、後頭骨、第一頚椎間の2経路を加え、左右計40経路強に及びます。頚部を筆頭として重要臓器の密集する領域ですので、高解像度のガイド装置による支援が不可欠です。
X線透視装置は被曝量が多く、軟組織の解像度が低く、失格です。
MRIは金属製注射針にもベッドサイドの手技にも不向きです。
超音波断層装置は、発振周波数が高くなる程、解像度も高くなりますが、減衰率も大きくなり、視野は狭くなります。腹部用等通常の機種では視野の広さが優先され、周波数は低めです。精密さを要求される領域で、皮膚から深部へ向かう手技においては、皮膚からの深さに応じて最高の解像度を得るため、十分多段階に周波数を変更可能な超音波断層装置の開発が強く望まれます。この切実な願いが超音波機器メーカーまで届くことを祈り続けるばかりです。

課題2:適合する細胞提供者探し、IPS細胞バンク

ALS患者自身の体細胞からIPS細胞を作成し、これから分化させた神経幹細胞を患者自身に自家移植すれば、分化して来る運動神経細胞は確実に生着します。しかし、その後がまずく行きそうであることは、一言では説明出来ません。ALSが未解明の疾患だからです。

基本的にIPS細胞作成操作は疾患感受性を変えません。ですから、ALS患者体細胞からIPS細胞、神経幹細胞を経て分化した運動神経細胞もALSから逃れられません。

ALS患者の運動神経細胞は、長い潜伏期の後に対数的に減少します。そのメカニズムは今も謎です。今はまだ誰がどんなアイデアを語るのも自由です。そこで私は次のような仮説モデルを考え出しました。

「ALS患者の運動神経細胞は、神経活動の際に異常物質Aを微量に産生する。これは明らかな細胞障害を起こさず、分解もされず、細胞内に蓄積し、時を刻む。ついに異常物質Aの累積量が閾値に達すると、ALS患者の運動神経細胞は、神経活動の際に異常物質Bを多量に産生し始める。異常物質Bは細胞障害性を示すが、患者の運動神経細胞はこれを分解出来ないため、変性が始まると同時に細胞表面のアポトーシス指令受容体つまり自殺指令受容体が活性化し、細胞外からの異常物質Bの結合が有効となる。変性の末に死んだ運動神経細胞からは多量の異常物質Bが周囲へ拡散して行き、変性を始めた運動神経細胞表面のアポトーシス指令受容体に次々と結合し、運動神経細胞の同期した大量死をもたらす。まだ異常物質Aの累積量が閾値に達していない運動神経細胞に対しても、細胞膜上の取り込み現象を利用して異常物質Bは細胞内に侵入し、細胞レベルの潜伏期を強制終了させ、運動神経細胞は変性し始めると同時に、細胞表面のアポトーシス指令受容体が活性化し、続いてやって来た異常物質Bが活性化受容体に結合し、この運動神経細胞を死に至らしめる(a)。中枢神経組織には、掃除屋細胞であるミクログリアが存在するが、分解に難渋する異常物質Bの大量出現により対応不能に陥る。こうして運動神経細胞が死滅するまで連鎖反応は続く。

以上の仮説モデルの支配する患者中枢神経に、患者本人の体細胞、IPS細胞経由で分化させた神経幹細胞を自家移植しても、分化して来る新生運動神経細胞に上記過程(a)が起き、全て短命に終わる。」

自家移植が無益そうなら、残るは健常者の疾患抵抗力に期待する同種移植です。

健常者が高齢となってもALS症状を示さないことから、健常者の運動神経細胞は、今も謎のALS病原物質を産生しないと考えられます。

ところで、プリオン病は堅固なβシート構造を有する異常プリオン蛋白質が鋳型となって周囲の正常プリオン蛋白質を次々と異常型に変え続け、高等動物は異常型を正常型に変換する酵素も異常型を分解する酵素も持たないため、プリオン病は致死的感染症です。
一方ALSは、手術適期を逃さずに胃ロウ造設、気管切開、人工呼吸器装着を受け、看護師、家族が気管内吸引(左右分別吸引等)、体位ドレナージ(捻れの無い側臥位)等に習熟すれば、長期生存への道も開けますし、今まで感染性は認められていません。多分ALS患者中枢神経組織のミクログリアは、死んだ運動神経細胞から拡散して来るALS病因物質を分解する能力を持っていることでしょう。ただ同物質の分解には時間を要するため、運動神経細胞の同期した集団死を救うことも病気の進行を止めることも出来ないけれども、運動神経細胞が死滅した後に残された大量のALS病因物質を徐々に分解、減少させて組織内環境を改善することは出来ると思われます。さらに話を膨らませて、病勢の盛期を避け、ミクログリアによるALS病因物質の分解が進んだ時期に、ただし脳内病変がまだ重度化しない内に、健常者由来の神経幹細胞を移植すれば、たとえALS病因物質が健常者由来の運動神経細胞にとって良くない異物であったとしても、分化して来る新生運動神経細胞の生存率は比較的良いものと期待されます。

さて同種移植とはヒトからヒトへの移植で、ここでは原因不明の疾患であるALSを健常者の疾患抵抗力に期待して治療しようと言う話の途中ですから、ゲノム遺伝子の同一な一卵性双生児やクローン人間は対象外です。ゲノム遺伝子が異なれば免疫原性が異なりますから、たとえIPS細胞作成を介した細胞移植であっても、細胞提供者と被移植者の主要組織適合性抗原型が一致しないと、重篤な拒絶反応の原因となります。生体移植以外は提供者の死が前提の臓器移植とは異なり、後があります。完全一致を目指すべきです。強力な免疫抑制剤は副作用も重く、安易に使用してはなりません。とは言え、主要組織適合性抗原型数は数多く、親族でも容易に一致とは行かず、適合する提供者探しは個人の力を遥かに越えています。健常ボランティアの募り易さ、主要組織適合性抗原型データを伴うIPS細胞バンクの創設、維持能力の点で、大手医療法人が難病患者救済に立ち上がることを期待するものです。
細かな話になりますが、主要組織適合性抗原型が一致しても軽微な免疫学的差異は残り、拒否反応の恐れは皆無ではありませんが、それよりも、移植された細胞が皆、被移植者の免疫系による監視下に置かれ、発癌しにくくなる利点の方が勝ちます。

さて、主要組織適合性抗原型検査にパスしたら、提供組織採取からIPS細胞作成、移植用細胞分化、神経幹細胞移植までの概略です。これらが適切に行われるには、IPSセンターを中心とした緊密な病院ネットワークを築く必要が有ります。同センターは、IPS細胞作成、発癌予防処置、移植用細胞分化、主要組織適合性抗原型データ管理、IPS細胞バンク等の総合施設で、専門の人材、設備、物品の得易さから、大都市圏への立地が有利です。高速道路網アクセス地点や空港からの近さも大切です。次に、善意の組織提供者に余計な負担を強いてはいけませんので、最寄の病院で術前検査から組織採取、保存処置、発送までを済ませられるよう手配するべきです。次に、ALS患者にとって長距離搬送は危険ですので、最寄の協力病院で、脊髄側索への神経幹細胞浮遊液注射と言うリスクの有る細胞移植術を安全に施行するために、課題1で触れた周波数可変式超音波断層装置と言う高解像度のガイド装置の開発が不可欠です。同装置は多用途の機器であり、超音波機器メーカーも病院も元手を取れますので、是非開発、導入をお願い致します。
体制が整ったら、組織採取から細胞移植までの流れです。まず皮膚小片を頂くのですが、紫外線曝露歴が多くなるほど遺伝子変異が多くなり、発癌リスクの高いIPS細胞が出来易くなりますので、遮蔽度の高い腹部の皮膚が適します。採取された皮膚は保存処置の上、搬送用容器に収められ、IPSセンターに向かいます。到着すると、表皮は外され、真皮は温和に酵素処理されてバラバラになり、線維芽細胞が回収されます。IPS細胞はこの線維芽細胞から作成されますが、確率的要素が大きく、収量はわずかで、増殖させる必要が有ります。十分な量に増えたらIPS細胞の一部を分取して分化誘導が行われ、神経幹細胞が分化しますので、保存処置の上、搬送用容器に収められ、陸送または空輸でALS患者の待つ協力病院に向かいます。残ったIPS細胞は、保存処置の上、分包され、超低温冷凍庫に保存されます(IPS細胞バンク)。協力病院側では、周波数可変型超音波断層装置の準備だけでなく、脳神経外科医の応援を仰ぎ、一時的に人員強化し、事前の打ち合わせを周到に行なうべきです。リスクはそれらに値するだけ有るのですから。

課題3:発癌リスクの低減

そもそも遺伝子は、単独では無効で、DNA上に散在するプロモーター領域に無意味配列(壊れた遺伝子、介在配列等)の介在無しに、つまり直後に後続して有効となります。遺伝子には向きが有り、それも正しくないとなりません。向きの正しい遺伝子が複数並んで遺伝子団となり、プロモーター領域直後に後続すると、遺伝子団全体が有効となります。

次に、ヒトの遺伝子数は意外と少なく、約25000以下です。その内で有効な遺伝子数はさらに少数です。無効な遺伝子の内で数十個ほどが発癌遺伝子で、それらの中にはプロモーター領域との間に介在する無効配列が取り除かれただけで有効な発癌遺伝子となるものも含まれています。

さてIPS細胞を作成するには、体細胞の核のDNAに所定の数個の遺伝子を挿入し、その全てが有効にならなければなりません。しかし現在の技術では挿入位置を制御できません。上記の説明から、IPS細胞作成の成功率の低さが理解されます。大多数の挿入位置は、重要遺伝子に命中してこれを壊し、体細胞を死なせたり、発癌抑制遺伝子に命中してこれを壊し、発癌リスクとなったり、無意味配列に潜り込み、無効に終わります。運良く有効となっても、さらに偶然にも挿入箇所の直後に休眠中の発癌遺伝子が存在すれば、これも有効となってしまいます。
それなら、あらかじめプロモーター領域・遺伝子複合体を作成して挿入したら、IPS細胞の収率が格段に向上しそうです。しかし、挿入箇所を制御出来ないことに変わり無く、あちこちで重要遺伝子に命中してこれを壊し、多数の体細胞を死なせてしまい、期待したほどの収率は得られません。その上、挿入位置の直後に休眠中の発癌遺伝子や遺伝病の遺伝子が存在した場合、それらも一緒に有効化されますから、遺伝子のみ挿入したよりも発癌リスクや遺伝病のリスクが跳ね上がってしまい、利益より有害性が目立ち、この手法は禁じ手と言うべきです。修正案として、プロモーター領域・遺伝子・介在配列複合体を合成し、有害遺伝子の有効化を防ぐ方法が考えられます。この介在配列は、同一塩基の連続でなく、ある程度の複雑性を持ち、比較的短いと言う条件を満たす必要が有ります。しかしこの修正後も、ランダムな挿入により発癌抑制遺伝子を破壊してしまうリスクはそのままです。
現状では、IPS細胞の収率の悪さも多少の発癌リスクも我慢するしかありません。

多少とも発癌リスクの有るIPS細胞から分化させた幹細胞を患者の体内に移植するわけですから、発癌予防策は複数講じるべきです。また、現行のIPS細胞による再生医療は、命を脅かす疾患や重度障害を招く疾患等に対象を絞るべきです。例えば、IPS細胞から褐色脂肪細胞を分化させて肥満部の皮下脂肪織に移植すれば、余分なカロリーを消費してくれて痩身出来るはずですが、もしも癌化して脂肪肉腫が発生してしまったら、本人はその運命を受け入れられるでしょうか? それほどのリスクを背負うよりもダイエット食とスポーツに励む方が健康的です。
現在、IPS細胞の発癌リスクを軽減し得る方法は既に存在します。次に例を挙げます。

冒頭の報道2のように、分化させた細胞からIPS細胞を除去すれば、分化障害の有るIPS細胞も除去されます。

課題2で既述のように、患者と主要組織適合性抗原型の一致する健常者の体細胞からIPS細胞を作成し、移植用細胞を分化させれば、原疾患の治療と移植細胞からの発癌予防の一挙両得が期待出来ます。

米国で開発されたゲノム編集と言う遺伝子操作技術が有ります。これは、塩基配列を認識する特別な小蛋白質を合成し、これに核酸分解系の反応系を組み合わせ、DNA上の特定の遺伝子を切除するものです。ゲノム編集と称するなら、新たな遺伝子の追加も出来るべきですが、開発から約5年を経ても出来ないままです。このように未完成の技術ではありますが、それでも動植物育種やHIV感染症治療で既に成果を上げています。癌予防においてゲノム編集が威力を発揮するのは、IPS細胞上の眠った発癌遺伝子の切除です。ただ、やたらめったらは行けません。IPS細胞が傷付いてしまいますし、人手と費用の浪費です。発癌リスクを軽減させたい対象の悪性腫瘍をはっきりさせ、その腫瘍と関係の深い発癌遺伝子を文献検索で絞り込むべきです。例えば、中枢神経原発で特に致命的な悪性腫瘍としてグリオブラストーマが有名です。

それでも発癌してしまったら?

IPS細胞に由来する発癌リスクに対して予防策をとったにもかかわらず発癌してしまったら、ALS患者は侵襲の大きな腫瘍摘出手術にも、副作用の重い化学療法や従来型の放射線療法にも耐えられません。しかしこのような窮地に対しても、現代医学は打つ手を持っています。

腫瘍の輪郭の内部に正確にX線を照射出来るトモセラピーが、沖縄県を含む多くの地域で利用できます。これなら体への負担も軽いです。
呼吸により変動する部位の腫瘍に対しても、まだ一部の大病院に留まりますが、腫瘍内部の点を追跡しながらX線を照射出来る装置が導入されています。

日本人研究者と米国のベンチャー企業により開発された免疫チェックポイント阻害剤と言う治験薬が有ります。免疫細胞は自己免疫病を防ぐため、免疫チェックポイントと言う停止ボタンを細胞表面に持っています。癌細胞はこれを悪用して、偽足を伸ばして免疫チェックポイントにタッチして、免疫細胞による癌細胞攻撃を止めさせます。免疫チェックポイント阻害剤は免疫チェックポイントをブロックしますので、免疫細胞は癌細胞を攻撃し続けます。免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法は、副作用が少なく、生活の質が高く、年単位の延命が可能です。ただし免疫細胞は、遺伝子変異の多い、抗原変異も多い癌細胞は滅多に見逃しませんが、遺伝子変異の少ない、抗原変異も少ない癌細胞は見逃し易いです。この弱点は、上記の放射線療法により補完されます。放射線は癌細胞に打撃を与えつつ遺伝子変異を多くさせます。トモセラピーのような精密な放射線療法は、免疫細胞を含む正常組織を巻き添えにしにくいです。これらは免疫療法を支援します。

抗ALS薬は難しいけれども・・・

ここで抗ALS薬について触れます。
今までに市販にまで至った抗ALS薬は、海外の巨大製薬会社によるグルタミン酸受容体阻害剤の一例に限られ、病初期の進行を少し遅らせる程度の薬効ですが、高価な薬です。「それなら脳血管関門を通り易くし、グルタミン酸受容体を強力に阻害すれば、ALSの脳内進展を抑止出来るのではないか」と言うアイデアが出て来そうですが、脳内でグルタミン酸受容体は認知機能に欠かせない受容体の一つですので、このアイデアは不可です。ALSが未解明の疾患であり続ける限り、効率が良く、安価で早期の新薬開発は無理です。
片や、患部への神経幹細胞浮遊液注射による再生医療はALSへも応用可能ですが、脳内治療は格段にリスクが高く、脊髄治療は比較的早期の実現が期待されるものの、ALSの脳内進展を抑制出来る新薬の登場無しには実力を発揮出来ない恐れが有ります。
希望の光として、国内ではグルタミン酸受容体阻害剤以外の系統の抗ALS剤の研究が進みつつあります。
例えば京都大学によるものは、カシューナッツのカシューの木からの抽出物を用いたユニークなものです。
先生方のご奮闘を期待し、ご研究の成就をお祈り致します。
「製品化の価値有り」の段階に達したら、次は政治家の腕の見せ所です。抗ALS薬のような稀少疾患薬の開発に国費を投入する意義として、「国内患者救済」だけでなく「国威発揚」が挙げられます。いち早く開発に成功した国の製品を世界中の国々が頼りにすることとなるからです。

待つべきか否か?

話をゲノム編集に戻します。これが新たな遺伝子を予定の位置に追加出来るようになると、それを応用したIPS細胞は安全、均質、安価となり、IPS細胞に由来する発癌リスクは解消し、安心して大量培養出来るようになり、多量の幹細胞を要するALSや筋ジストロフィー症の再生医療を強力に推進します。さらに再生医療の対象は、命を脅かす疾患、重度の障害を残す疾患から美容(肥満、皮膚の老化、男性の若禿等)、歯科での生きた歯の再生にまで急拡大します。再生医療の全面展開に伴い、遺伝子治療も進歩します。例えば、最強のβシート構造さえも解きほぐせる蛋白質立体構造巻き戻し酵素の遺伝子をミクログリアに組み込み、食胞に発現させれば、プリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病、変異型狂牛病)の異常プリオン蛋白質を破壊する人類史上最初の武器となります。
ただし、IPS細胞の発癌リスクが消滅しても、脳内治療のリスクは高いままです。頭部、脳の解剖学的特性によるので、別問題だからです。
では、ALS患者は再生医療の爆発的発展の時代を待つべきでしょうか。ただ待つには障害が三つ有ります。

障害1:技術的課題

予定の位置に遺伝子を組み込む技術の見通しは立たないままです。私は世界の研究者達が任意の位置への遺伝子挿入にこだわらないよう望みます。好き勝手な位置に遺伝子を挿入すれば、無効に終わったり、潜在的有害遺伝子を有効化してしまったり、失敗作を大量生産します。遺伝子の配置は何億年も前からの歴史的結果であり、必ずしも機能毎に整然と並んでいるのではありません。使える箇所を使い、選択肢が有れば、より染色体事故のリスクの低く、分かり易い箇所を使えば良いではありませんか。
私は具体的に次の手法を提案致します。まず、プロモーター領域の直後が無効な遺伝子である箇所を把握します。同箇所から次のプロモーター領域までの間に有効な遺伝子は有りませんので、一括して不要な区間の配列を切除出来ます(この区間に有害遺伝子が隠れ潜んでいても除去されます)。すると2個のプロモーター領域が連続する特徴的な配列が現れます。それらの境界部を認識する配列認識蛋白質を合成して置けば、任意の遺伝子の組み込みに共用出来ます。次の準備として、新たな遺伝子に(染色体構造を歪ませないために適切な長さの)介在配列を連結させた遺伝子・介在配列複合体を作成して置き、先程のプロモーター領域2連続地点において、配列認識蛋白質、遺伝子・介在配列複合体、合成系の反応系を作用させると、プロモーター領域・遺伝子・介在配列・次のプロモーター領域と言う配列が出来上がり、目的の遺伝子が有効となります。この方法の成否は、元の遺伝子が無効となってからの期間の長さに依存します。なぜなら、無効となった遺伝子とそのプロモーター領域はメンテナンスされなくなり、やがてプロモーター領域も無効となるからです。
そこで第二の案として、一生涯に少なくとも一度は活動する遺伝子から生涯を通じて必須のものを除外した中から、活動時期を吟味して選んだ遺伝子を置換の標的として用いる方法が考えられます。つまり元の遺伝子を切除し、生じた欠損部に新たな遺伝子を組み込みます。代を重ねて用いられて来た遺伝子付近は幾多の自然淘汰を乗り越えて来たはずであり、直後に休眠中の有害遺伝子の存在するリスクは乏しいと仮定しています。当然ですが、この方法を生殖系細胞に使用しては絶対に駄目です。具体例として、胎盤、臍帯、羊膜等を形成、維持する遺伝子群は、役目を終えると生殖系細胞以外ではロックされますが、体細胞からIPS細胞を作成する際に初期化されますので、分化予定の移植用幹細胞に持たせたい遺伝子を置換する標的として利用出来ます。
以上の今は実体の無い私のアイデアが実用化され、次世代のゲノム編集が一日も早く完成することを望みます。

障害2:社会的ブレーキは必至

次世代のゲノム編集は夢のような医療を可能にしますが、個々の遺伝子の機能解明を加速させ、遺伝子セットつまりゲノムの大胆な改造をも容易にすることから、ウイルスから哺乳類に至るまで未知の生物を創生する禁断の扉を開けてしまうことにもつながります。想定外の微生物を勝手に作られる恐怖は説明を要しません。ここでは高等動物について一例だけ説明致します。
「鳥類が恐竜の子孫であること、中生代に羽毛恐竜が実在したこと、恐竜の多くが小型種ないし中型種であった(大型種が化石化し易いことから修正推計された)ことが化石から証明されている。鳥類の個体発生の一時期にトカゲのような口や前足が現れる。これらから鳥類の受精卵において、口をくちばしに、前足を翼にそれぞれ変える遺伝子を切除し、関連する遺伝子群を適宜編集する部分的改造により、新恐竜を作れることが分かる。誕生した新恐竜の脳は哺乳類よりかなり小さいが、他に大きく劣る点は無く、幾つかの点では哺乳類を超越する。具体的特長を列記する。
1.呼吸器は気嚢系を持ち、長時間の激しい運動に耐え、高地にもすぐ順応する。
2.丈夫な内膜に裏打ちされ、厚い横紋筋層に覆われた筋胃を持つ消化器の消化力は強く、さらに歯が加わり、多種多様な動植物を摂食可能。
3.昼行性種は、動体視力を含めて視力が優れ、紫外、青、緑、赤の四原色から成る豊かな色覚を持つ。
4.翼を上肢に改造する際、左右の烏口骨を残してやれば、出来上がる上肢は力強くかつ器用に物を抱きかかえられる。」
新恐竜が次々と作られたら、地上の生態系は激変してしまいます。それを可能にする次世代のゲノム編集が自由放任に大発展することを社会が許すとは考えにくいことです。

障害3:ALSの長期予後の厳しさ

ALS患者の長期生存率の数値とグラフは、インターネット検索により容易に確認出来ますが、覚悟を要します。私は元医師かつ元研究者ですので、現状を知らねばならないと思い、検索を家族に頼みましたが、検索結果を聞かされた際に心が折れてしまい、勇気を回復するのに半月を要しました。

「待つべきか否か」の章が長くなりましたが、総合的に判断すれば、今は合併症に警戒し(気分転換、脳活性化にも努めましょう)、現行法で作られるIPS細胞から分化した神経幹細胞による脊髄治療が実現した時点で、発癌予防策の実施を条件として治療を受け、全身状態を改善した後、粘り強く、発癌リスクの無いIPS細胞、リスクの低減した脳内治療、次世代の抗ALS薬を待つのが現実的対応と考えられます。

結びとして:

進行したALS患者の闘病生活は過酷です。粘調な痰による痰詰まり、肺炎、(寝たきりによる)無気肺、(四肢麻痺による)四肢蜂か織炎、尿路感染症等の合併症にねらわれ、日々の警戒は怠れません。まるで綱渡りです。 ALSの病因、再生医療、新薬を研究される先生方には、「臨床試験が一日早まれば、その分救える命が増える」との意識をお持ち下さるよう心よりお願い致します。
病友の皆さん、ALSの再生医療はまだ夜明け前です。しかし夜明けは近いです。共に生き残り、神経幹細胞移植を受けましょう。

事務局より

今回の「表紙は語る」は今までとかなり趣が異なりますが、元医師であり当事者の立場でALSの再生医療にかける思いを発表したいとの強い要望を受け、今回掲載の運びとなりました。
長文につき通常の会報誌誌面では全ての掲載はかなわず、「表紙は語る-全編版」として当ホームページに全文掲載とさせていただきました。 町井さんの熱い思いをお汲み取り頂ければ幸いです。