最終更新日:2026年09月01日

中島 蒼(なかじま あおい)さん
線維筋痛症
線維筋痛症は原因不明の痛みが全身を襲う難病です。痛み方ひとつとっても、ナイフで刺されるような痛みと表現する方もいれば、凝りのような痛み、鈍い痛み、しびれなど人それぞれです。日によって痛む場所も変われば痛みの度合いも異なります。日本における推定患者数は200万人とされていますが、治療にたどり着いている方は1万人ほどと言われています。
私は社会人2年目の秋、高熱を出す前のような寒気と関節痛が出て、熱を測っても熱はないという症状から始まりました。ちょうど、婦人科の病気(子宮内膜症、チョコレートのう胞)が見つかって治療が始まっていたタイミングでもあったため、薬の副作用を最初に疑いました。医師に相談するとそのような副作用や症状はないとのことでした。それでも私は婦人科の病気の治療から体調がおかしくなったと思い、その後、婦人科をいくつか転々としては同様のことを伝えられるということを繰り返しました。その他、小学3年生の時から甲状腺疾患(バセドウ病、小学5年生の時に甲状腺亜全摘手術を行う)を患っていたので、甲状腺の病院にも相談しましたが甲状腺にも問題はありませんでした。そのうちに段々と背中を背もたれや布団につけると鋭い痛みが走り、座って休めない、眠りたくても痛みで30分おきに目が覚めるという状態になりました。症状が出始めてから3か月ほど経った冬、仕事を続けることが難しくなり、原因不明のまま休職しました。
私は実家には戻らず一人暮らしのアパートで療養していました。一人暮らしの部屋の中、痛みで寝たきりになり、全てが終わったと思いました。社会人としてこれからもっと頑張りたいという時期に休職した申し訳なさや挫折。原因不明の毎日襲いかかる、死にたいと思うほどの痛み。生きるのを諦めたいと思って過ごしていました。
当時地元の岩手にいましたが、大雪の年でした。一人暮らしで寝たきり、外出はできないけれど生活のごみは溜まる。そんなある日、ふと溜まったごみを出しに行こうと思いました。アパートから50メートル先のゴミ捨て場に向かおうと外に出ると一面に雪。足を踏み込むと足裏にぎゅっと雪を踏みしめた感覚がありました。その時に「これが雪の感覚!」と、自分の世界の見え方、感じ方の解像度が上がっていく体験をしました。私の場合は、下半身に痛みがないこともあり、その後、数分でも外を歩くのが好きになりました。頬に触れる冬のツンッとした冷たい風、同じ道だけど少しずつ季節が移ろう景色。そういったものに癒されていきました。
春に復職しましたが、働き始めてすぐに痛みが強くなり再び休職となりました。職場が病院だったこともあり、医師が大きな病院に繋いでくださり、線維筋痛症と診断がつきました。検査をしても異常がでない、けれど、本人には痛みがあるというのがこの病気の特徴で、私もそうでした。診断がついたことに安心はしましたが、調べていくと予後がどうなるかは人によることが分かり、自分はどうなるのだろうかと、経済的な面と体調が落ち着くまで不安が強くありました。また、他の病気の治療も含めて月3~4万ほどの医療費がかかるようになりました。医療費を捻出するため、当時服や靴、本、集めていたもの、いろんな大切なものや思い出を売りに出して生活しました。
物がどんどんなくなっていく部屋で、ふと目に着いたのが、高校生の時から書いていた歌詞ノートでした。ノートには病気になってからの受け入れがたい気持ちも書き留めていました。絶対に売れもしない、自分の気持ちが書いてあるだけのノートを読み返しながら私は思いました。「このノートに書いてあることを形に残したい。そうすれば、今、同じ体験をしている誰か、過去や未来の誰かにもこんな人もいたと伝えられるかもしれない」「生きることは辛いけれど、この歌詞を形に残すために生きるというのはどうだろうか。生きている限り、私は歌詞を書き続けるだろうから、それをまた形に残すために生き続けるのではないだろうか」と。私はこの時「音楽と生きる」「音楽で命を繋ぎとめる」という約束をしました。
治療は痛み止め4種類と、眠剤で落ち着いていきました。いつの間にか散歩は登山をするまでのものともなりました。たくましく生きる自然に生き方を教わりました。休職中もギターの先生のところには遊びに行っていて、ひたすら病気の辛さや生き方について話をしていました。そういった経験から生き方がまとまっていくなかで、退職を決意しました。そして、縁があり福島県へ移住しました。
福島で新たな生活が始まりました。音楽の同好会に入り、人生の先輩方から様々な生き方を教えてもらいました。仕事も持病を伝え、年60回の勤務(4~6時間)から始め、少しずつ増やしています。その中で、病気を持った自分に出来ることはなんだろうかと考えるようにもなりました。調べてみると岩手で難病支援のチャリティーをしている音楽イベントがあることを知り、初めて自分で連絡をして演奏しました。その後は、地域活性化イベントや難病支援、福祉関係のイベント等で演奏しています。そうすると病気について聞いてくれ、理解をしてくれる音楽仲間や身近な人が増えていきました。
私が今、大切にしていることは痛みの悪循環に陥らないことです。この病気は痛みが主ですが、そこから眠れなくなる、気分が落ち込む、さらに痛みが強くなるという悪循環が起こりやすいです。痛みが起こる状況(私の場合は睡眠不足、寒暖差、気圧の変化、光、精神的なストレス)が見えてきたため、睡眠はしっかりととる、脱ぎ着しやすい服を持つ、サングラスを着用する等の工夫をしています。また、体を温める、笑える番組を見るなど自分の体と心を労わることを意識するようになりました。チーム医療ならぬ「チーム中島蒼」も作りました。医療者、職場、家族、友達、音楽仲間、自分の周りに信頼できる人や場所を見つけて自分なりのチーム作っています。飼っている金魚や好きなぬいぐるみも一員です。そうすると、自分のSOSが出しやすくなり、安心して「辛い」ということが言えるようになりました。伝え方には悩むことも多いですが、周りが環境の配慮などもしてくれ、自分なりの生活や活動ができています。信頼できる人、安心できる場所の理解を得て、今の生活や活動があることを感じています。
私は病気を天気や自然と同じと思うようになりました。天気も自然もある程度の予測はできるし、対処もできるけれどコントロールはできません。この病気も痛みが出る状況を予測したり、対処したりもできるようになったけれど、それでも体調がいきなり大雨になってしまう時もあります。私には快晴と呼べる体調の日はあまりないけれど、自分にとって今日は心地よい天気、体調だなと感じる日もあり、そういった日をありがたいと思うようになりました。
私は病気を完全に憎むことはできません。病気は私から仕事や大切な人、ものを奪っていったけど、そこで苦しむ中で音楽との道を見つけられた。当たり前のありがたさに感謝することも、自然の移ろいを愛することも、自分を大切にすることも誰かに頼ることも誰かと繋がることも教えてくれました。だから病気は私にとっては憎みきれない「厄介な同居人」です。この病気達を抱えながらもどのようにしたら自分らしく自分の人生の物語を生きていけるか、そう考えながら今日も今日の天気を生きています。
中島 蒼(なかじま あおい)さん
岩手県盛岡市出身。現在は福島県在住。小さい時になりたかったのは歌手。高校生の時から作詞・作曲を始める。同時期に心理学に興味を持ち、臨床心理士、公認心理師を取得。病院、教育分野にて従事。線維筋痛症となった経験が大きなきっかけとなり、公に音楽活動を開始。現在は難病支援や地域活性化イベントで自身の体験を歌ったオリジナルなどもを含めて演奏をしている。そのほか、自身の体験を講演会やエッセイの執筆などでも発信している。
活動については各種SNS、YouTubeからご覧いただけます!
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7月19日北谷町で総会が開催されました。患者ご本人の参加はありませんでしたが、家族、遺族、保健師などの支援者を合わせ約20名が参加されました。第19期支部総会から始まり急遽決まった照喜名の非常用電源確保について講話をさせていただきました。その後、発起人から20年前の設立当時の説明がありました。発起人の配偶者がALSを罹患し制度面などの情報も無く苦労し介護したが積極的な治療をしない選択でご逝去されました。同じ苦労を他の人にもさせたくないとの想いで保健所の保健師に相談し、沖縄県全地域の保健師も集まり沖縄県支部設立に向けて話し合いをしたことをお話されていました。全国ALS協会の会長から沖縄県支部立ち上げの依頼を受け保健師と共に伴走したことを思い出しました。その後、メインの交流会では今後の運営方法や、初めて参加された患者家族から診断されたばかりの患者本人との接し方についての質問があり、色々な体験談が話し合われました。
7月24日は、中頭病院にて難病出張相談会をさせて頂くことができました。
1か月ほど前より中頭病院では開催のご案内をいただいており、当日も、玄関には掲示板にてご案内を、また1階から2階の会場にかけて誘導ポールを立てていただいたりと、全面協力いただきました。そして、当日はお2人の相談者様が訪ねて来てくださり、難病患者会の代表者様と情報共有されたり、同年代の難病ピアサポーターさん数名とお話をしていただくことができました。相談を受けるサポーターも“どうか相談者様の助けとなりますように”と温かく話に耳を傾けます。
また後半には中頭病院スタッフ様による講演会をいただき、30名を超える聴衆が集まりました。薬剤部さんからは、災害時の準備についてお話があり、参加者様からは「自分の薬を把握して、少なくとも3日分を手の届くところに置いておく必要を学んだ。外出の際に災害にあった時、3日分も持ち合わせていないが、家にいる時に災害に合うとは限らない。」と感想を話されました。また、訪問看護さんと医療相談室の方から「訪問看護ができること」について話してくださいました。それぞれ質問もあがり、スタッフもサポーターもそれぞれ顔の見える関係作りの一歩となりました。
相談者も相談を受ける側も、それぞれ実際に顔を合わせて交流することで、よりお互いのことや個々の疑問や訴えに対する情報交換や情報共有の場となることは、こうした出張相談会の醍醐味だと言えます。
次回9月は南部徳洲会病院です。詳しくは5ページを参照ください。
各保健所、今月の予定はございません。
【北部保健所】 Tel:0980-52-2704
【中部保健所】 Tel:098-938-9883
【南部保健所】 Tel:098-889-6945
【那覇市保健所】 Tel:098-853-7962
【宮古保健所】 Tel:0980-72-8447
【八重山保健所】 Tel:0980-82-3241
今年度スタートしました難病出張相談会5回目は南部徳洲会病院が会場です。難病相談員や、難病患者会、難病ピアサポーターが出張しますので個別相談いただけます。13時からは、2階会議室にて「出席したくてもできない方のことを考える」をテーマに、意見交換の場をご提供させていただきます。通院されていない方もご参加いただけますので、ご家族、支援者様もお誘い合ってどうぞお気軽にご参加くださいませ。
【場所】南部徳洲会病院
【日時】9月25日(金)11時~14時
随時ホームページにてご案内いたします。
個別相談予約フォームはこちら
出張相談詳細ホームページはこちら
【出張予定患者会】
・沖縄県網膜色素変性症協会
・沖縄IBD(沖縄クローン病・潰瘍性大腸炎友の会)
・PSP・CBDのぞみの会九州・沖縄地区(進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症)
・HAMとも(HTLV-1関連脊髄症)
・ギラン・バレー症候群 交流会
【出張予定難病ピアサポーターの方の疾患名】
パーキンソン病/視神経脊髄炎/クローン病/潰瘍性大腸炎/全身性強皮症
※出張予定をしている相談員が、体調不良等で急遽欠席となる場合はご了承ください。
※事前予約も承ります。お電話や個別相談予約フォームからお問合せください。
9月は「障害福祉サービス、介護保険によるサービス」について勉強会を行います。会場、オンラインと予定しますので是非お申し込みくださいませ。
近年お問合せの多い「重度訪問介護」についても、この機会に勉強できたらと考えています。

臨床心理士 鎌田 依里(かまだ えり)
令和8年7月28日に発生した令和8年熊本地震にて被災された皆様へこころよりお見舞い申し上げます。10年前の熊本地震も思い出された人も少なくないでしょう。どうか被災地の皆様が一日も早く安全な生活ができますようこころより祈念しております。
被災した人には、疲労感、頭痛、食欲不振等の身体反応が生じたり、抑うつ、悲嘆、恐怖、不眠、悪夢、苛立ち、感情の麻痺等の異なる反応が生じたり、孤独感や無力感が増したりしますが、必ずしもつらいことを語ることは現在では推奨されていません。ただし、話したい人がいて聴いてほしいと望んでいる場合には、相手の秘密を守ることができる安全な場所で時間を決めて、また相手の尊厳が護られるようにして話はお聴きします。「ほんとうに大変でしたね」とこころからの労いも大切ですし、語りの間や沈黙も大事にします。しかし、被災した出来事やそれに纏わる感情について尋ねたり無理に語らせたりはしません。
人は生活が整うと、自然とこころも整います。だからこそ、物理的にできる支援をおこなうことで間接的にこころのケアに繋がることもあります。とはいえ、外部からの支援については、支援者が必要であると考えることと、被災地の方々がほんとうに必要であるという支援は異なる場合も少なくありません。刻一刻と変化するほんとうに必要な支援をするために、やはり支援者の思い込みを排し、周囲の人々とも連携をして適切で礼儀正しく行動することも重要です。目の前の人がこれまで何かを乗り越えるために用いてきた「前向きな方法を支持する」ことは適切です。一方他の被災者の話を「●●さんもこうだったからね」等と勝手に伝えることは避けるべきです。

著:照喜名通
難病支援を続ける一番の原動力は、相談を受けた後に見せてくれる患者さんやご家族の笑顔、そして「ありがとう」という言葉です。私が支援団体「アンビシャス」を立ち上げたのも、難病を抱える人々が安心して互いに寄り添い合える場所を作りたいという切実な思いからでした。
しかし「なぜそこまで頑張れるのか」とさらに深く自問してみると、病気に対する「復讐」にも似た感情が存在します。過去に会報誌へ体験談を寄せてくれた大切な仲間が病状悪化で亡くなった際「自分にもっとできたことがあったのではないか」と強い後悔と挫折感に苛まれました。
原因不明の難病である以上、責めるべき相手は自分でもご家族でも、現場の医師や行政でもありません。だからこそ、どこにもぶつけられない怒りの矛先を「難病という存在そのもの」へ向け「絶対に負けてたまるか」と思うのです。
私にとって難病支援とは、この理不尽な怒りに対処し、前向きなエネルギーへと変換する方法でもあります。「難病」を見返すため、私は今日も研修などに参加して学び、共に闘うためのスキルを磨き続けています。
あなたも理不尽な難病に立ち向かう、心強い味方になりませんか?

慶應義塾大学 名誉教授 加藤 眞三 著
前回まで、医師が冷たく見える理由を、医療の構造の面から、また医師の内面の面から考えてきました。
病気を診断し、治療することは、現代医学の知識と技術を駆使して行われます。科学的な目で病気を捉え、その原因を突きとめ、できるだけ症状を改善し、病気を治そうとする。それが医師に求められている大切な役割です。
一方、患者さんは病気になることによって、身体の症状で悩まされるだけではなく、これからの生活への不安や、仕事や家族についての悩み、ときには「なぜ自分がこんな病気になったのだろう」という苦しみまで抱えることになります。しかし、そうした問題にまで関心を示してくれる医師は、残念ながら限られています。そこに不満や寂しさを感じる患者さんも多いのではないでしょうか。
今回は、この問題を少し違った角度から考えてみたいと思います。それは「そもそも患者さんを支える温かさは、誰が担うべきものなのか」という問いです。
現在の医師、特に臓器別専門医の中心的な役割は、症状や検査の異常を正確に見極め、その原因を探り、適切な治療を行うことにあります。しかも、それを限られた診療時間の中で、行わなければなりません。そのため、患者さんの生活上の悩みや不安、苦悩まで十分に注意を向けることが難しい場合があります。
患者さんの側では、医師に対して、病気の治療だけでなく、じっくり話を聞き、気持ちを理解し、心を癒やし支えてほしいと期待します。その期待は、決して間違ったものではありません。病気を抱えて生きていく患者さんにとって、自分の苦しみを主治医に理解してもらいたいと思うのは、とても自然なことです。
しかし、現在の医療の仕組みの中で「治すこと」と「癒やすこと」のすべてを、一人の専門医に求めることには限界があるように思われます。
「治すこと」と「癒やすこと」は同じものではありません。しかし、本来まったく切り離されたものでもないはずです。主治医が懸命に病気を治療する姿が患者さんの安心につながることもあれば、医師の何気ないひと言に励まされることもあるからです。ただし、両者を短い診療時間の中で、一人の医師が十分に担うことは難しくなってきています。
では、患者さんを癒やし支える温かさは、誰が担うべきなのでしょうか。私は、それを一人の医師に期待するものではなく、多くの人たちが分担し協力することが大切なのだろうと考えています。
患者さんの話をよく聞いてくれる看護師。病気そのものだけでなく、病気を抱えながらの暮らしまで理解しようとしてくれるかかりつけ医。食事の悩みに答えてくれる栄養士。日々の生活を支えてくれる家族。そして患者会で出会う、同じ病を抱えながら生きている仲間。
患者さんを支える温かさは、こうしたさまざまな人とのつながりの中に宿っているのではないでしょうか。
そのように考えると「医師が冷たく感じられる」という悩みも、少し違った姿で見えてくるのではないでしょうか。私たちはこれまで、医師という一人の存在に、余りに多くの役割を期待し過ぎていたのかもしれません。
もちろん、患者さんに温かく接してくれる医師もたくさんいます。また、医学教育の中で、医師が患者さんを一人の人間として理解し、人間的に接することを学ぶことも、とても大切です。医師は病気を治すだけでよい、ということではありません。
けれども同時に、癒やしを求める相手は医師一人に限らなくてもよいのです。自分の話を聞いてくれる人、つらさを分かろうとしてくれる人、困ったときに相談にのってくれる人。同じ病気だからこそ分かり合える仲間。そうした人とのつながりに気づき、それらを大切にしていくことが、安心して療養生活を送るための力になるのではないでしょうか。
癒やしとは、一人の医師から与えられるものではなく、人と人とのつながりの中から生まれてくるものなのかもしれません。
医療では「治す力」が大切です。しかし、それと同じくらいに、人と人とが支え合う「癒やす力」も大切にしなければならないのだと思います。
次号に続く
加藤先生の YouTube配信中です!
「Dr.シンゾウの市民のための健幸教室」
ノートを始めました。
「ケアとアートと祈りーいのちの源へ」
加藤先生の最新書籍:いのちをケアする医療
出版社:春秋社
5月30日に開催された琉球大学を会場とする学習会は、表皮水疱症沖縄家族会として今年で3回目となり会場30名、8名のWEB参加を得て開催しました。
体調の不安定さもあって患者家族のご参加は2家族でしたが、特別支援学校の先生たちや沖縄難病相談支援センターさんも参加して、実り多い交流会となりました。
最初の講演は、患者への利用が開始された遺伝子治療薬について、北海道大学病院の夏賀健先生の録画映像で説明。特に在宅での保管や使用、廃棄方法などの具体的な指導についての説明がありました。
続いて立命館大学の戸田真里先生から、医療・福祉・訪問看護制度に関する講演をいただきました。令和8年度診療報酬改定において、介護保険対象者では回数制限は変わらず、年齢で区別させる制度的な課題は問題であると強調。また、障がい者総合支援法における皮膚障害の位置付けの改善も含め、今後当事者家族の生活実態調査を実施していくことを説明されました。
琉球大学病院皮膚科の山口さやか先生からは、担当する患者さんの生活について報告がありました。病気のケアに対する不安対策として、ガイドラインを作成する必要があること、各方面に向けた手引書、表皮水疱症の子供の遊びの制限説明書等、子供自身も病気の症状を理解し、適切な遊びの範囲を共有したいと述べました。
意見交換では、学校や施設での看護師配置について、予算の問題が大きな障壁となっているので、早期に交渉を始める必要があるとの助言。病気の認知向上や社会的支援について、外部の支援者が発信力を持って活動することも重要だとの意見も。子ども園の入学時にお母さんがAIを使って絵本を作成したり、遊び方の方法などを図解で自作したとの発言も関心を集めました。

沖縄県薬剤師会 白坂 亮
ジェネリック医薬品が普及してから長い年月が経ちました。しかし、現在でも「本当に大丈夫なの?」と不安に感じる患者さんがいらっしゃいます。
ジェネリック医薬品は、先発医薬品(最初に販売された医薬品)と有効成分や効能・効果は同じであることが確認されています。一方で、製造する会社が異なるため、添加物や製造方法には違いがあります。そのため、ごく一部ではありますが「先発医薬品では問題なかったのに、ジェネリック医薬品に変更してから身体に合わないと感じた」という声を聞くこともあります。
現在は、国がジェネリック医薬品の使用を推進しており、医師から変更しないよう指示がある場合や一部の医薬品を除き、先発医薬品を希望すると追加の自己負担が発生することがあります。
私たち薬剤師は、患者さんに安心してジェネリック医薬品をご使用いただけるよう、一人ひとりに合わせた丁寧な説明を心がけています。不安なことや気になることがありましたら、お気軽に医師や薬剤師へご相談ください。
毎月お届けしております「難病情報誌アンビシャス」のよりよい紙面づくりのために、アンケートを実施しています。
お手数ですが、下記アンケートリンクからご回答・送信くださいますようご協力お願いいたします。
アンケートのご回答方法
スマートフォンからご回答ください
こちら会報誌に関するアンケートにご回答・送信お願いいたします。
毎月掲載中の「エッセイ」は、都合によりしばらくの間おやすみさせていただきます。
1)落下の王国 2006年
キャッチコピーが「君にささげる、世界にたったひとつの作り話。」日本においては、DVD等も廃盤となるも2025年に4Kデジタルリマスター版で復刻。公開24日間で2億円を越える記録。引き込まれる色褪せない作品。
2)クロスロード 1986年、
実在のブルース・ミュージシャンであるギタリストの話をモチーフにしている。ギターが好きな人には、楽しめる内容で、ロードムービーとなっている。ギターを教わる若者役は、ラルフ・マッチオ
彼は、3)ベスト・キッドで、一躍有名に。ベストキッドの公式な続編として4)コブラ会、が製作されYouTube PremiumやNetflixで完結編まで6シーズンが配信されている。
★渡久地 優子{進行性骨化性線維異形成症(FOP)}★
今月の「表紙は語る」は、線維筋痛症に罹患されている中島蒼さんからご寄稿いただきました。人によって症状は様々で、他の疾患の治療に使用する薬の副作用を疑ったり、一人で負うにはあまりにも重い毎日を過ごされてきたことがよく伝わってきます。そんな中でも、外界の変化に癒しを感じるなど「生きる」ことの意味を感じておられるように読ませていただきました。
生活もかなり過酷なものとなっていたようですが、どうしてもっと家族を含めた周囲にそのつらさを早く打ち明けなかったのかと、私一個人として考えさせられました。
今では「厄介な同居人」であっても生きることへの希望がしっかりされている様子に、読み終わって安堵しました。
9月は患者会で講演会を開催されたり、アンビシャスでは難病個別医療相談会が始まるといった催しが予定されています。新たな情報に触れ、知識を増やすためにも、外にアンテナを向けてみるのもいいかもしれませんね。
文 伊佐真一郎
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